部屋の隅でドナドナでも歌ってろ!

ほんのちょっとだけ発声がマシになってくると、
ひっそりと「うまい話」に手を出して元の木阿弥に戻ってる人が少なくありません。
YouTuberとかが紹介してる「誰でも簡単! 絶対にミックスボイス習得!」みたいなのを参考にしたりして……。

なんなんでしょうか。
そういう安易な手法でめちゃくちゃになって私のところに来たはずなのに……。
もしかして今なら……! とか思うんですかね。

今までの努力がすべて無駄だ、
なんて、そんなの認められるかよ……! みたいな。

徒労。骨折り損。悪あがき。辞書に載っているはずです。
もしも「無駄な努力」が存在しないなら、存在し得ない言葉です。

150年続けても無駄は無駄。若いうちに気づけて良かった……で納得できない。
消去法で正解にたどり着くための「間違った選択肢」にいつまでも執着している。

無駄な努力を認めたくないがために、無駄な努力を繰り返してしまう。

これ以上に無駄な努力を私は知りません。
後で使えそうなら「後で使えますよ」ってちゃんと言います。

それ系の人ってバランスの崩し方が半端ないので、
歌声を聴けば「あ、なんかやってたな……」とはわかるのですが、
わざわざ自白してくれる人は相当なレアタイプです。

やっぱり甘くないですね
童謡からやり直します

えっ……童謡? そんな感じの心意気? 

じゃなくて本当に? 童謡で練習するんですか?

どの曲? ど、ドナドナ?

音域は? どんな風に歌うんですか?

目的とか目標をきちんと決めておかないと……。
一生ドナドナを歌い続けることになりますよ。

ドナドナ(ウィスパー気味)



ドナドナ(裏声ミックス)



ドナドナ(張り上げ風)



ドナドナ(声帯削減)



こんなのは一部の一部の一部です。
細かく分けるとマジで永遠に歌い続けることになるかもしれません。

練習目的に応じて満遍なく発声法を選んでいれば、
部屋の隅でドナドナ歌ってるだけでも「なりたい自分」に近づいていけるでしょう。
これこそ安全確実! 誰でも! です。決して簡単ではありませんけどね。

童謡は退屈だと思っている。
基礎練習も退屈だと思っている。

だから「童謡からやり直します」とか言っちゃう。
真面目で地道でストイックなフリだけしてるから「うまい話」に何度も騙される。

退屈なのは「童謡」ではありません。
童謡を歌って退屈に感じるのは、自分の歌い方が退屈だから。
退屈な歌い方しか選べないから、です。

結局のところ、すべては自分の発想力次第。
課題曲とか練習場所とかあまり関係ないんです。

何のための声なのか
どこに力を入れているのか
その歌い方は自分で選んでいるのか(他に選択肢があるのか)

ここらへんをしっかりと認識できているなら、
今の自分が一番歌いたい曲で練習した方が良いと思います。

ワンオクでもユニゾンでもボカロでも特に問題はありません。
モチベーションが保てないと、またまた「うまい話」に飛びついちゃうかもしれないので。
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